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昔はこんな薬もありました 14

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~ 薬用酒 ~



  • 昔のいろいろな薬や健康器具を紹介してきた“昔はこんなものもありましたシリーズ”、今回は薬用酒を取り上げてみました。
  • 以前現在でも人気の伝統薬を紹介するシリーズの第十一回目で代表的薬用酒の“養命酒”を取り上げましたが、本篇ではコレクションの中でそれ以外の薬用酒をご紹介してみたいと思います。 一部重複する記述がありますがご容赦下さい。
  • 薬用酒というと生薬を単純に酒に溶かしたものと思われますが、それは“加薬酒”のことで、それ以外にも一定期間梅酒のように生薬を酒に漬けた“浸薬酒”や浸麹と仕込み水の中に生薬を入れてお酒の醸造の過程から生薬を仕込む“醗酵薬酒”などがありますが、特に“醗酵薬酒”は醗酵菌によって生薬の含有成分が変化し別の成分となるため“醗酵薬酒”などは新規の薬を作る製法とも考えられ、先にとり上げた“養命酒”はお酒(:現在の養命酒の原酒はみりん)に生反鼻(マムシ)を浸し2000日間土中で醸(かも)してから、さらに数種の薬草を合醸の上、さらに300日経ってから用いるという手のこんだ合醸法によって作られる“醗酵薬酒”の一つです。
  • 薬用酒は大本は中国で発達したものですが、我国に伝えられるとあたかも地酒のように酒と不老長寿の薬草が合体し各地で多彩な薬用酒が作られ名産となりました。
    種々の文献によりますと主なものだけでも忍冬酒(にんどうしゅ)〔:名産は紀州和歌山・肥後・筑後・伊勢・備後三原・美濃犬山など〕、菊酒〔:加賀・肥後が名産〕、南都(奈良)の霙(みぞれ)酒、浅芽(あさじ)酒の他豆醂酒〔:煎った黒豆で作る〕、竜眼酒〔:リュウガンの 果実、竜眼肉で作る〕、桑椹酒(そうじんしゅ)や桑酒〔:桑椹酒は桑の実、桑酒は桑枝や根皮を用いる〕、榧酒(かやざけ)〔:カヤの実を用いる〕、生姜酒、楊梅酒(やまももしゅ)、鳩酒〔:鳩の肉を用いる〕、蝮蛇酒(まむしざけ)、鳥蛇酒(からすへびしゅ)、枸杞酒(くこしゅ)、黄精酒、地黄酒、そして現在でも人気のある梅酒(:梅酒は元禄8年〈1695年〉に書かれた本朝食鑑に初めて登場。 本朝食鑑には“…いちいち数えたらきりがない程多い薬酒があり、常に用いられるものだけ…として上記の忍冬酒、菊酒、桑酒、梅酒など16種が紹介されている。)などの単味酒がありました。
    そして我国最初のリキュールといわれる正月に用いられる中国から伝わった屠蘇酒を初めとて諸薬を配した後述の保命酒〔:熟地黄・山薬・茯苓・肉桂の四味の他からなる。 備後の靹(とも)・美濃知多郡大野村などが有名〕、持薬酒〔:地黄・金銀花・枸杞子・五加皮の四味〕などが知られていました。
    この江戸期における薬酒の流行は明治の初期においても引き続き、明治6年(1873年)にウイーンにおいて開催された万国博覧会では日本の忍冬酒、菊花酒等が優秀賞を受けるほどでした。
  • その一方現代の2010年では医薬品として認められた薬用酒は“養命酒”“薬用陶陶酒”(:いずれも第2類医薬品)の他、中国から輸入された医薬品としての薬用酒数点のみとなってしまいましたが、かつて平成のはじめの頃の1990年代には17社28銘柄もの薬用酒が市場に出ていたようで、また2000年代(平成10年代頃)においても“養命酒”以外にも前記の“薬用陶陶酒”の他にサントリー製造、武田が販売していた“薬寿”や“蝶矢薬用酒”“永寿冠”“十全大補酒”“萬寿の友”などの薬用酒が販売されていました。
    かつて酒屋さんなどの食系ルートでも販売されていた“養命酒”は、その成分は薬局などの薬系もそして食系も同一成分でしたが、薬系には薬用の文字が表示されており、現在では食系の“養命酒”は販売中止となってしまいました。(その代わりに“養命酒”とは内容の異なる別商品の“ハーブの薫り”が食系で販売されています。) 以上のような状況から現存する“薬用養命酒”“薬用陶陶酒”、そして後述する医薬品ではありませんが“保命酒”は薬酒の伝統を守り続ける貴重なそして大切に残したい存在と言えます。

  • では薬用酒に関連するコレクションをご覧下さい。なお瓶とあるのは空の瓶、瓶本体とあるのは中身の薬酒も残っているものです。

(1)『本家 莚命酒 田辺保壽軒』徳利
:江戸期のものと推測される薬用酒の徳利

(2)『本家 十六味地黄保命酒』備前焼大徳利
:広島県福山市(:旧備後國領)靹(とも)町、靹浦で現在も作られている名産の薬用酒の明治期と推測される『本家 十六味地黄保命酒』の備前焼の立派な大徳利。
保命酒とは大阪の漢方医中村吉兵衛が考案した薬用酒で、万治2年〈1659年〉に家伝の処方をもって靹の旨酒(:今の味醂)と焼酎によって作られ販売された薬酒。 諸大名間の贈答用や幕府への献上品にまで用いられました。
現在では4社の酒蔵が製造していますが、この備前焼大徳利はそのうちの現岡本亀太郎本店の前身の靹保命酒合資会社当時もので、同社のホームページではこの大徳利と類似の徳利の写真が見られます。
古文書では保命酒の成分は地黄・当帰などの13種類の生薬にプラス焼酎、もち米、麹の合計16種で十六味地黄保命酒と命名されたものです。 現在製造している4社の保命酒では多少の成分、生薬の違いや出入りがある様ですが、基本は補血の四物湯、腎の陰虚を補う六味丸などがベースになっていると思われます。 詳しくは岡本亀太郎本店他ホームページ等をご覧下さい。 なお各種保命酒は通販でも入手が可能なようです。

(3)『吉澤仁太郎謹製  機那サフラン酒』(瓶・外箱・納書)
   『御薬酒 機那サフラン酒 吉澤仁太郎』琺瑯看板
   『吉澤仁太郎  機那サフラン酒』チラシ2種
:越後國(新潟県)で作られていた機那(キナ)とサフラン等を使った薬用酒。
キナ(規那・機那)はジャワ島などで栽培される常緑樹でその樹皮キナ皮はキナアルカロイドと呼ぶ多くのアルカロイドを含みますが、これから生成されるキニーネはマラリアの特効薬として有名です。 またサフランはヨーロッパ原産で別名蕃紅花といい雌しべを血の道、冷え症などに用います。

(4)『富谷 強壮規那鐵葡萄酒』(瓶本体・外箱)
:戦前、渋谷にあった製薬会社が作っていた規那(機那・桂皮)や鉄を含有する薬用酒で貧血、増血に効果がありました。

(5)『人参規那鐵葡萄酒』(瓶本体・外箱)
:輸出もしていたものと思われる高麗人参に規那(機那・桂皮)や鉄を含有する薬用酒です。

(6)『ミツワ規那鐵葡萄酒』(瓶本体)
:ミツワ石鹸でお馴染みの丸見屋商店が作っていた規那(機那・桂皮)や鉄を含有する薬用酒で戦前の製品です。

(7)『オットホル』(瓶・外箱・能書き)
:オットセイが原料のホルモン酒で略してオットホル。
発売元は樺太の豊原で北方領土が我国の自由になった時代の産物です。

(8)『薬寿』(瓶本体・外箱)
:前記のようにサントリー製造、武田が販売していた薬用酒で十全大補湯などの漢方処方とブドウ酒、ハチミツなどを熟成して作られた薬用酒。

(9)『養命酒』(瓶・外箱)
:前記のかつて酒屋さんなどの食系ルートで販売されていた『養命酒』。
パッケージデザインが薬系のそれとは異なります。

(10)『ハブ酒』(瓶本体・外箱)
:さほど古いものではありませんが、骨董市で手に入れたもので泡盛にウコン(鬱金)等の13種類のハーブのエキスと蛇のハブ(波布)のエキスがフレンドされた薬酒で反鼻(マムシ)酒の親戚的存在。 アルコール分25度。

(11)“滋養香竄(さん)葡萄酒”(能書き2種)
:明治14年〈1881年〉から作られた薬酒で明治22年〈1889年〉の佛國万国博覧会では金賞を受賞したもの。

(12)“薬用酒 紋章”(能書き)
:かつて抗生物質も製造していた東洋醸造(株)が作っていた薬用酒。

(13)“大黒人蔘規那鐵葡萄酒”(琺瑯看板)
:(3)(4)(5)(6)に類似した処方内容の薬用酒の琺瑯看板です。

(14)“高貴秘酒 薬妙”(店頭ディスプレー衝立看板)
:(8)の『薬寿』の関連商品と思われます。


〔参考文献〕
・インターネット『ウィキペディア(Wikipedia)』
・インターネット『保命酒各製造メーカーHP』
・『漢方 薬味酒』(1983)(社)日本薬局協励会群馬支部漢方薬草研究グループ
・『民間薬の使用法』(株)ウチダ和漢薬 編  長塩容伸 監修
・『強精強壮の薬草』昭文社
・『日本の名薬』(東洋経済新聞社)       山崎光夫 著
・『江戸の妙薬』(岩崎美術社)          鈴木 昶 著
・『日本の名薬』(八坂書房)           宗田 一 著


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