薬と歴史(古資料・古文献・古書散策)(その7)

〜 戦争と薬の広告・景品たち(その1) 〜
・今回は薬と歴史(古資料・古文献・古書散策)シリーズその7として戦争の影響のある薬関係の広告やパンフレット、薬の景品などを取り上げてみました。
コレクターの世界には“軍隊もの”と称される分野があり、骨董市に軍服姿で現れその方面の骨董の収集に生活の全て、全精力を費やすようなコレクターがおります。自分も旧日本軍が使用していた薬などを多少収集しており後日紹介させていただきますが、今回御紹介するのはもう少し周辺の庶民の生活に現れた戦争の影響を受けた薬に関係する品々です。
なお一部現在では使われていない言葉が登場しますが、その時代の雰囲気を正確にお伝えするためとして御了承願います。

 1)日清戦争漫画
・現在でも京都の人達が、“あの時の戦(いくさ)では京は焼け落ち大変なものだった。”と言う時、あの時の戦(いくさ)とは応仁の乱(応仁一年・1467年〜応仁十一年・1477年)を指すそうです。そこまで古くなくとも一般的にはこの前の戦争というと太平洋戦争のことを意味しますが、明治以降日本や日本人は幾つもの戦争に係わってきました。
・この漫画は売薬屋が日清戦争(明治27年・1894年〜明治28年・1895年)頃に作った薬の景品漫画で『○○と掛けて△△と解く。その心は◎◎。』と書いて◎◎を宣伝、薬の◎◎売り込んだもので当時の辮髪(べんぱつ)・支那服姿の中国人(シナ・支那人)を懲らしめている、懲罰をしている漫画が描かれています。

  2)売薬版画
・売薬版画(別名;絵紙・富山絵・おまけ絵など)は置き薬屋さんが薬と一緒に置いて行ったお土産、景品の一つで、この版画は明治39年に印刷された近江売薬の景品版画です。日露戦争(明治37年・1904年〜明治38年・1905年)当時の軍人さんが描かれております。
左上段は初代の連合艦隊指令長官の伊東祐亨(ゆうこう)提督と思われます。
 

 3)浅田飴のチラシと裏面に書かれた日露戦争当時の政治風刺漫画
・浅田飴は明治30年(1897年)頃から本格的に販売された水飴状の薬で“良薬にして口に甘し”がキャッチフレーズでした。この浅田飴のチラシの裏面に日露戦争当時の政治風刺漫画が書かれています。
・日露戦争は米国の仲介により休戦となり日露講和条約が明治37年9月に調印されました。
一方その前の日清戦争では日清講和条約が締結されましたが、極東における日本の膨張を恐れた当時のロシア・フランス・ドイツの三国はこれに干渉を行い遼東半島を清国に還付させました。これを三国干渉といいますが、やっとのことで引き分けに持ち込んだ日露戦争の実態を知らない国民大衆は三国干渉の時のロシアへの恨みもあってか、日露講和条約における賠償額などに不満を持ち、日比谷では条約反対集会のあと交番・電車の焼き討ちなどをおこし東京府下では戒厳令がしかれました。
・小村寿太郎は当時の外務大臣で特命全権大使として日露講和締結の任にあたりましたが、この風刺漫画はその講和条約締結に向かう前の歓喜極まる小村全権大使送り出しの風景と講和条約締結後帰国して乞食のように扱われる小村さんを対照的に描いています。当時の世論が読み取れます。
なんとか引き分けだったという事実を知らされなかった国民の頭の中には無敵皇軍の神話が作られて、それから35年のちの太平洋戦争へと突き進んでゆくことになります。
 

 4)引札(ひきふだ)
・引札については後日まとめて解説いたしますが、引札とは今で言うところのポスターやチラシと考えてよいと思います。その商店なり、その商品なりを記憶に留めてもらうためにデザインはいつまでも残しておいてもらえるような役者絵や芝居絵などの綺麗なもの、縁起のよいものが描かれました。
・御紹介する引札は明治期の陸海軍軍人の服装をした子供がデザインされた引札で、背景の日章旗には帝國萬歳と書かれており、浮かんでいる軍艦は日露戦争の日本海海戦の連合艦隊旗艦の三笠と思われます。
(縦25.7cm×横37.3cm)

 5)仁丹の年賀挨拶と略歴カレンダー
・仁丹がおまけで配布した大正8年(1919年)の元旦の挨拶の入った略歴の裏面にはこの大戦の聯合國と敵國の勢力、戦力の比較一覧が書かれています。日本は聯合國の一員になってますが、つまりこの大戦とは第二次世界大戦ではなく第一次世界大戦のことです。
・第一次世界大戦は1914年から1918年まで欧州を舞台に行われた世界的規模の帝国主義戦争で同盟側(ドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリア)と協商側(ロシア・フランス・イギリス・イタリア・ベルギー・アメリカ・中国・日本など)に分かれて争った地球規模での初の世界大戦でした。
・挨拶の書き出しにある“ここに平和の新春を迎え謹(つつしん)で貴堂の御祥福を賀し・・・”
には明治と昭和の狭間にあった束の間の平和な大正の御世、大正デモクラシーという世情が伺える文面と思われます。

 6)軍神・東郷平八郎、乃木希典
・共に日露戦争を勝利に導いた二人の将軍、東郷平八郎、乃木希典を薬パッケージのデザインに使った売薬です。
・東郷平八郎は薩摩藩、乃木希典は長州藩の出身。東郷平八郎将軍は日本海海戦で、また乃木希典将軍は203高地の占領で有名で、東郷将軍は昭和9年(1934年)まで天寿(享年88歳)を全うしましたが、乃木将軍は明治天皇崩御の際夫人とともに自決し明治天皇に殉じました。いずれも戦死でないため靖国神社でなく東郷平八郎は東郷神社に、乃木希典は乃木神社にまつられております。
(東郷平八郎)
(乃木希典)

 7)昭和12年出版「アスター軟膏」おまけ漫画“ボクは新兵 山坂コロン太”
・現在もあると思いますが「アスター軟膏」そして「健脳丸」の広告が入っています。

 8)昭和13年「目薬アドラ」メモ
   昭和14年「にきびとり美顔水」メモ
・「アドラ」はアドレナリン主剤の目薬。詳細は後日目薬の歴史で解説しますが、メモには列車で移動中周囲を警戒する陸軍兵士の写真と無敵陸軍の説明が書かれています。
・「美顔水」メモにはイ号潜水艦の写真と“世界に誇る我が潜水艦に、日本魂そのものの軍人が乗り込んでいるから強いのは当然・・・”という説明が書かれています。
 
(縦11.2cm×横15cm)

9)日中戦争、太平洋戦争当時の“引札”“喰い合せ““火の用心”のチラシ、紙風船。
・特に描かれた絵に書き添えられた戦争の時代を象徴する『標語』をひろって見たいと思います。
(1)
(2)
(3)
 (1)のパイロットは服装からして陸軍航空兵で飛行機は九四式偵察機と推測されます。 
 (2)は女学生が軍事教練を受けている図柄ですが『女軍出征』と書かれています。
 (3)には海軍の九六式陸上攻撃機(中攻)が書かれています。
      『守れ皇國・いたはれ我身』
(4)
(5)
 (4)には『一億一心  大東亜建設 健康第一』と書かれています。
 (5)は来るべき空襲に備えたものか、  
      『國土を護れ! 火の用心 一人一人が銃執る戦士』と書かれています。
(6)
(7)
(8)
 (6)は紙風船ですが、次の標語が書かれています。
      『今日も決戦 明日も決戦』   『欲しがりません 勝つまでは』
      『ここも戦場だ 頑張れ』    『すべてを戦争へ』
      『理屈言間に 一仕事』     『兜の緒のみか 腹帯も締め直せ』
 (7)も紙風船で次の標語が書かれています。他の面にはハトポッポの童謡が書かれています。
      『一億進軍の時来る』      『スパイは汽車に 井戸端に』
 (8)も紙風船ですが、標語は書いてありませんが駆逐艦、戦車、水上偵察機(九〇式2号水上偵察機?)、突撃する歩兵、高射砲、航空機音響探知機(?)などが描かれています。

(次号につづく)