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今は昔 売薬歴史シリーズ 25

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~ エビオス ~

今も根強く人気の続く伝統薬の“今と昔の姿とその良さ”を伝える伝統薬、今回は『エビオス』を御紹介いたします。

◎『エビオス錠』 = 〖エビオス錠〗

  • これまで登場してきた伝統薬といいますとその多くは生薬を成分とした薬が多いのですが、今回御紹介します〖エビオス錠〗はビール酵母から生まれたという一風変った伝統保健薬です。

  • 現代でも“まずは乾杯”というと真っ先に登場するビール(:麦酒)の起源は古代メソポタミヤ、オリエントやエジプト文明までさかのぼります。 当然古代のビールと現代のビールとでは製法が異なりますが、原料に大麦の麦芽と酵母を使うという点では全く同じです。
    一方我国にビールが伝来したのは江戸徳川の鎖国後の17世紀後半以降のオランダ交易時代のことで、それ以前の16~17世紀のポルトガル貿易時代にはワインが伝来していました。

  • 日本人で初めてビールを試作したのは幕末の漢方医川本幸民でしたが商品化には至りませんでした。 そして開港とともに横浜の居留地に明治2年(1896年)、米国人のW・コープランドがビール醸造所を設立しました。 これが麒麟(キリン)麦酒の前身です。
    それ以降大阪や甲府でも日本人の手でビールが作られるようになりましたが、明治9年(1876年)には北海道開拓使直営の札幌麦酒が誕生しました。
    このように明治に入ってビールの需要が大きく伸びましたが、その理由として一つには意外なことにその中身よりもビール瓶ほしさに買い求める人が多かったこと、二つ目には政府がビールの需要を伸ばすことで日本酒用の米の消費を節約しようとしたためといわれています。

  • 明治も後半になりますと日本のビール業界でも近代化が進み、中小のビール会社の統廃合にも拍車がかかり明治39年(1906年)3月には北海道の札幌麦酒(サッポロ)、関東の日本麦酒(エビス)、関西の大阪麦酒(アサヒ)の三社が合併して大日本麦酒株式会社が発足、初代の社長には日本麦酒の社長だった馬越恭平(1844~1933)が就任しました。
    当時の大日本麦酒の業界シェアは79%というガリバー的存在でしたが、馬越恭平は明治・大正・昭和の三代にわたり活躍、ビールの生産に近代産業の範を示し後に“日本のビール王“と呼ばれましたが、さらにはビール酵母製剤保健薬をこの世に残しました。
    つまりこの馬越恭平翁こそが今回御紹介する『エビオス』の生みの親なわけです。

  • 前記のように古代のビールと現代のビールとでは製法が異なりますが、原料に大麦の麦芽と酵母を使うという点では共通しており、結果醸造すると古代では壺の底に澱(おり)が溜まります。 これがビール酵母で古代人も酵母という微生物の不思議な働きに魅了されビール酵母を医療の目的に使用したようです。
    例えば紀元前1550年頃の古代エジプトではビール酵母を強壮剤や下剤に用いたり、古代ギリシャのヒポクラテスはビール酵母を火で炙ったあと乾燥させて婦人病に処方したりしたようですが、その他ビール酵母は皮膚病や化膿止めに使われた程度であったようです。

  • 一方日本において大正時代第一次大戦の好景気に支えられてビールの消費が伸びますと思わぬ問題点が発生しました。 それはビールの増産の結果急増したビール酵母の処分方法でした。 はじめは余剰なビール酵母は川に廃棄されていましたが、流された酵母は腐敗して悪臭を放ち水田に入ると過剰な窒素分のため稲の病的な急成長をもたらしたりしました。
    そこでビール酵母の有効な活用を模索していた馬越恭平は、その生家は四代続く医家でしたが、次男で薬学博士の幸次郎にその研究を委ねました。 その結果、幸次郎は栄養酵母という製品を開発、それは酵母の専門家橋谷義孝農学博士に引き継がれ、橋谷博士はビール酵母にビタミンが多量に含まれているという情報から当時日本で流行っていた脚気に応用できないかと研究を進めてゆきました。
    そして苦味物質ホップ樹脂の除去や、酵母の分離精製、乾燥酵母の粉砕、酵母の細胞壁の破壊による吸収の向上、製錠方法などの多くの問題点をクリアしてついにビール酵母の薬効成分の製品化に成功しました。
    それには多額の資本力と技術力が費やされましたが、当時の大日本麦酒株式会社にはその資本と技術があったわけで、ビールの本場のドイツでビール酵母の製品化がなされなかったのは小資本の地ビール会社がほとんどであったためと思われます。

  • このようにして昭和5年(1930年)には6年余の臨床実験を経て『エビオス』は誕生しました。
    この『エビオス』の名は研究所のあった恵比須とエビスビールの“エビ”とラテン語で生命の基の意味である“ビオス”を組み合わせた命名でした。
    当初『エビオス』は医家向けにビタミン剤、食欲増進剤として使用されましたが、さらには一般大衆向けの[食欲促進栄養素 健康長寿治病の鍵]の薬、特定の疾病を目的にした薬品ではなく、病気予防・保健栄養をも目的とする大衆保健薬として販路を展開しました。
    さらには医師や薬剤師の『エビオス』に対する理解も深まり、昭和7年(1932年)には日本薬局方に「薬用酵母」として収載されるに至りました。

  • 現在でも必須アミノ酸やビタミンB群、ミネラル、食物繊維、核酸を豊富に含み栄養補給や食欲不振、胃弱、食べすぎ、飲みすぎなどに効果のある保健薬(医薬部外品)として広く定着している『エビオス錠』ですが、1回の服用量が10錠を1日3回と多く、この点からよくエキス化して少量の服用ですむようにしないかとの要望があるようですが、ビール酵母を細胞も含めてそのままの形で服用することで生きた複合作用が期待出来ると考えられており、この点からしても『エビオス錠』はかたくなに昔の形を守りぬく立派な伝統薬の一つであると言えるかと思います。
    なお戦後大日本麦酒株式会社は占領軍・GHQにより解体されたため、現在の『エビオス錠』はアサヒビール系列のアサヒフードアンドヘルスケア(株)が製造販売を行っています。

  • では『エビオス』コレクションをご覧下さい。



《戦前の『エビオス錠』》
:住所が東京市目黒區となっています。
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《戦前の『エビオス錠』サンプル瓶(中身入り)とチラシ》
:製造元は大日本麦酒株式会社、発売元は田邊五兵衛商店(後の田辺製薬)となっています。
エビオス  エビオス エビオス
《戦前の『エビオス錠』解説ミニ冊子》

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《チラシ》
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《はがき》

《戦後の『エビオス錠』試供品》
:製造発売元は大日本ビタミン製薬株式会社(東京都中央区京橋)となっており納書の適応症には糖尿病、ロイマチス、脚気、早産児、悪阻、白内障など多岐にわたる病気が書かれています。
さらには愛玩動物、飼育動物にもエビオスをと書かれていますが、現在でも愛犬などのペットに『エビオス錠』を与えて良い結果を得ているとの話もあります。
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《戦後の『エビオス錠』携帯容器》
:製造発売元は同じく大日本ビタミン製薬株式会社で40錠が入るケースです。 用法は“1日3回1回5錠又はそれ以上”と大ざっぱに書かれています。150錠で100円。
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《『エビオス錠』景品鉛筆》
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《戦前相撲番付》
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《現代の製品》
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〔参考文献〕
・日本の名薬      山崎 光夫   東洋経済新聞社
・名薬探訪       加藤 三千尋  同時代社
・日本食物文化の起源  安達 巌    自由国民社

〔現代の製品提供〕
・昭島市 十字堂薬局  荻野 祥子 先生


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