ホームおくすり博物館薬業界 老舗歴史シリーズ

薬業界 老舗歴史シリーズ 9

星製薬 へ ≪  ≫ おくすり博物館トップ へ
~ バイエル薬品 ~

  • この老舗歴史シリーズではこれまで8回にわたって歴史ある国産・日の丸企業を紹介してきましたが、今回ご紹介するのは『アスピリン』で有名な外資系のバイエル薬品を『アスピリン』を中心にご紹介します。

  • ドイツでバイエル社(:正式にはフリードリヒ・バイエル社)が染料会社として創立されたのは今から150年以上も昔の1863年(:文久3年。新撰組が正式に誕生し、薩英戦争や天誅組の乱が起きた年。)のことになります。

    バイエル社の始まりが染料会社だったことを意外に思われるかもしれませんが当時ドイツ、特にかつて重工業地帯として産業を牽引したルール地方では大規模な石炭の採掘が行われていました。 それは19世紀半ばのジェームズ・ワットらによる蒸気機関(:工場の動力源としての蒸気機関や蒸気機関車、船舶などに使われました。)の発明で燃料の石炭が大量に使用されるようになったことがその背景にありますが、この石炭を乾留したコークスによる製鉄法が確立され良質な鉄が安価に大量に生産できるようになり産業革命が大きく前進しました。 さらにコークスの生産はそれ以外にも都市ガスの開発ももたらしました。それはガス灯の普及へと発展、都市を明るくしました。

    そして19世紀末(1800年代末)になりますとコークスを製造する際の副産物として得られるドロドロの液状コールタールを原料とする石炭化学工業が始まりました。 さらに石炭と石灰石を2000℃の高温で反応させて出来た炭化カルシウムからアセチレンが作られて有機化学工業の主原料となりました。
    このようなドイツにおける大炭鉱地帯を基盤とした石炭化学工業、有機化学工業の進歩発展がもたらした代表的な産物が染料のインディゴや薬品のナフタリン、そして医薬品の『アスピリン』でした。
    (これらの石炭の人類にもたらした恩恵は一方で大気汚染の広がりなどももたらしましたが、石炭の地位はその後より燃料効率が良く、より多くの有機合成品の原料となる同じく化石燃料の石油に取って代わられることになります。)


    『アスピリン』構造
    このように『アスピリン』は石炭による産業革命の生み出した偉大なる有機化学の産物と言え、この点がその多くが生薬や漢方薬に由来している国産伝統家庭薬との大きな違いですが、『アスピリン』と生薬には意外な接点があります。
    ギリシャ時代から民間療法で柳の樹皮や葉には痛みや熱を和らげる効き目が知られていましたが、19世紀にはそれは主成分のサリチル酸によることが判明しました。 しかしサリチル酸には強い胃腸障害の副作用がありました。
    しかしながら1897年にはバイエル社のフェリックス・ホフマンによってサリチル酸を無水酢酸によりアセチル化することにより副作用が軽減されることが発見され、ここにアセチルサリチル酸が誕生しました。
    このアセチルサリチル酸は世界で初めて人工的に合成された医薬品で、1899年には『アスピリン』の名称で商標登録され、またたく間に鎮痛剤の一大ブランドに成長し同社の代名詞とも言えるほどの看板商品となりました。 特に米国での台頭は目覚ましくその売り上げは20世紀初頭には全世界のバイエルの売り上げの三分の一を占めたとのことです。

    その後の第一次世界大戦でのドイツの敗戦による敵国財産没収によってバイエルの商標、社名、社章(ロゴ。:バイエルクロス;縦のBAYER文字と横のBAYER文字が交差する。)までもが競売にかけられ、後のち1994年にバイエル社がすべての権利を買い戻すまでの76年間はアスピリンは権利を買い取ったスターリング社によって製造が続けられましたが、その間も商品名は「バイエルアスピリン」でしかもバイエルクロスのマーク付きで売られていました。 いかにバイエル、そしてバイエルのアスピリンへの信頼が高かったかといえるエピソードです(:資料④⑤参照)。 また第二次大戦後に連合国はナチスドイツによる戦争犯罪清算目的にいわゆる財閥解体を行いましたがバイエル社は例外的に単体での企業継続が認められました。

    一方我国におけるバイエル社の歴史を振り返ってみますと1911年(明治44年)に外資系直営としては初めてのフリードリッヒ・バイエル合名会社が正式に設立、創業されたことに始まります。 それに先立つ1888年(明治21年)にはバイエル医薬品の「フェナセチン」が日本に初めて紹介されています。 また1897年に誕生したアスピリンは遅くとも1900年(明治33年)までには我国に輸入されていたと推測されています。
    また前記の1911年の合名会社設立以前の1908年(明治42年)には直接医師を訪問してバイエルの医薬品の宣伝活動を始めました。 この人々はかつてプロパーと呼ばれ現在では6万人以上もいるMR(医薬品情報担当者)の嚆矢といえる存在でした。

    その後第一次世界大戦によって輸入が途絶えたため同社は開店休業となりましたが、終戦後営業再開され1927年(昭和2年)にはバイエル・マイステル・ルチウス薬品合名会社が設立されました。 1935年(昭和10年)にはバイエル薬品合名会社と改称、1973年(昭和48年)にはバイエル、武田、吉富の3社による日独合弁のバイエル薬品(株)が設立され現在へと継承されています。

    戦後の医学会は米国医学が主流となりましたが、戦前の医学はドイツ(独逸)医学の色彩が濃く、医学関係の用語やカルテなどもドイツ語で書かれたり話されたりしました。 薬学界も当然その影響を受けましたが、その様な背景もあり戦前の超一流品メーカーといえば独逸國のバイエル社であり、医療関係者からは絶対的な信頼を寄せられていました。

    ではそんなバイエルに関係するコレクションをご覧下さい。
    なおアスピリンは誕生して一世紀以上の時が経ちますが、現在でもなおOTC分野はもちろん医療分野でも広範囲に使用されており、さらには大腸がんや皮膚がんの予防効果や妊娠の可能性を引き上げることや妊娠高血圧腎症のリスク軽減効果が示唆され、またアルツハイマー病や糖尿病領域などに対する研究も行われているミラクルドラッグです。

[医薬品篇]

①「バイエルアスピリン」(:昭和2年以前のバイエル合名会社時代のアスピリン。)
②「バイエルアスピリン」(:戦後吉富薬品が輸入元、武田薬品が発売元の時代のアスピリン。いずれも輸入品です。)
③「アスピリン」(:バイエル薬品・武田長兵衛商店とあることから昭和10年から戦前にかけての製品と思われる。)
④「BAYER ASPIRIN」
 (:前記米国スターリング社が製造していた米国製のアスピリン製剤。Genuine“正真正銘の、本物の”と赤い字で書かれて、またバイエルクロスが描かれている。)
バイエル薬品

バイエル薬品 ⑤「BAYER ASPIRIN」
 (:同じく米国製のバイエルアスピリン。Genuineと赤い字で書かれている。)
⑥「バイエルアスピリン」(:最近までの製品。)
⑦「アダリン錠」(:バイエル薬品時代の昭和10年~戦前の製品と思われる。)
⑧「ATEPE」(:詳細不明)
⑨「コリフィン」(:昭和2年以前のバイエル合名会社時代の製品。)
バイエル薬品


[資料篇]

1) 「バイエル・マイステルルチウス概説附藥品價格表」 ×2種 〔昭和7年(1932年)〕
2) 「バイエル・マイステルルチウス AB價格表」〔昭和9年(1934年)〕
3) 「バイエル・マイステルルチウス AB價格表」〔昭和10年(1935年)〕
4) 「バイエル價格表」〔昭和12年(1937年)〕
5) 「バイエルの薬品 價格表(創業五十年)」〔昭和13年(1938年)〕
バイエル薬品

6) 「バイエル時報」〔大正15年(1626年)〕
7) 「バイエル.マイステルルチウス時報」 ×2種 〔昭和2年(1927年)〕〔昭和4年(1929年)〕
8) 「バイエル時報」〔昭和12年(1937年)〕
9) 「日獨治療」〔昭和13年(1938年)〕
バイエル薬品

10) 「バイエル創業五十年史」〔昭和13年(1938年)〕(:創業五十年記念の立派な冊子)
11) 「バイエル醫家年鑑」〔昭和12年(1937年)〕
12) 「GARDANチラシ(表・裏)」〔昭和13年(1938年)〕
13) 「メモ帳」〔1928/29年(昭和3/4年)〕(:独逸で印刷されたもの。)
バイエル薬品

バイエル薬品
14) 「アダリン 吸取り紙」
15) 「カレー オレキシン 吸取り紙」
16) 「ノブルギン錠 吸取り紙」
17) 「アダリン 吸取り紙」

バイエル薬品
18) 「バイエルアスピリン 絵葉書」
19) 「アダリン 絵葉書」
20) 「アダリン 絵葉書」
21) 「製品紹介チラシ」

22) 「The guide to health」
 (:昭和10年以前のバイエル・マイステル・ルチウス時代の健康ガイド本)
バイエル薬品 23) 「ミチガール・ヒドロナール あぶら取り紙」
24) 「バイエル スコーピオ 紙風船」
25) 「イスチチン 広告」
26) 「ナグラボン 広告」〔昭和13年(1938年)〕
27) 「デヴェガン 広告」〔昭和13年(1938年)〕
28) 「ミチガール 広告」
29) 「アダリン 広告」
バイエル薬品

30) 「バイエルアスピリン 広告」〔週刊朝日 昭和7年(1932年)6月号〕
31) 「バイエルアスピリン 広告」〔週刊朝日 昭和10年(1935年)1月号〕
32) 「バイエルアスピリン ノベルティグッズ」×2種
  (:バイエルアスピリン100周年・1999年を記念して造られたノベルティグッズ)
バイエル薬品


〔参考文献〕
・バイエル薬品HP
・日本におけるバイエル医薬品の歴史  バイエル薬品株式会社
・バイエル  フリー百科事典 Wikipedia
・バイエル薬品  フリー百科事典 Wikipedia
・アセチルサリチル酸  フリー百科事典 Wikipedia


©一般社団法人北多摩薬剤師会. All rights reserved.
190-0022 東京都立川市錦町2-1-32 山崎ビルII-201 事務局TEL 042-548-8256 FAX 042-548-8257