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支部長からのご挨拶
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東京都薬剤師会北多摩支部
支部長 椎木 滋郎
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ごあいさつの最初は、「三つのふくろ」と相場が決まっておりますが、まずは、みなさんに下手な謎かけを。
薬剤師の仕事 とかけまして
CIA捜査官 とときます
そのこころは、
どちらも じようほう が大事です。
東京都薬剤師会北多摩支部、支部長の椎木です。
口の悪い仲間からは、「のらりくらりとした、ひょうきんな親父さん」なんてことも言われたりもしている、支部長の椎木です。
ちょっと、昔のコメディアンに似ているという噂もある、椎木です。
椎木は、「しいき」と読みます。
よろしくおねがいします。
人生には、大切にしなくてはならない三つのふくろがあります。
涙袋(るいたい)、布袋(ほてい)、薬袋(やくたい)です。
涙袋がぷくっとしていると、笑った時に美人に見えるそうです。
布袋様といえば七福神。いつも笑っていられますように。
薬袋は名字だとミナイさんとなりますが、薬を入れる袋のことを、ヤクタイといいまして、これがないと仕事になりませんから、薬剤師にとっては、これ、とっても大事なフクロなのであります。おふくろさんより薬袋というのもどうかと正直思いますが、薬剤師的な寒い落ちですからご容赦くださいませ。
さて。
今日は、私たちのこれまでの活動を振り返ってみたいと思います。
日本薬剤師会は、薬剤師倫理規定という生活態度ルールブックのようなものの中で、『先人の業績を顕彰』しなさいと、定めています。
年をとると何かと忘れてしまうものですから、良い機会なので、備忘録として書いていきます。
まずは初代支部長、立川市薬の田村一男さんの就任にさかのぼりますから、1970年、昭和45年3月のお話。
東京都薬剤師会の通常代議員会の議決により、それまでの北多摩支部(旧北多摩支部)が、京王・多摩中央・立川の三つの支部に分割されました。
京王支部は調布・府中・狛江。多摩中央支部は小金井・国分寺。
そして立川支部は、立川・昭島・国立・東大和・武蔵村山の五市となります。
このときの立川支部が、現在の北多摩支部の原形です。
10市だった頃の、旧北多摩支部の巨大さが、なんとなく、おわかりいただけるでしょうか。
昭和45年の4月には、立川駅北口の立川商工会議所、2階の和室で、立川支部の設立総会が開催されたそうです。「和室で」、という微笑ましい記録が残っているので、その通りに書いておきます。
田村支部長の任期2年の後、昭和47年に第二代支部長となったのは、東大和市薬・清水亜久里さん。
石油ショックなどの、大変厳しい時代です。亜久里というとF1ドライバーしか思い描けないという方は、イケメン薬剤師を想像しておいてください。
その2年後、昭和49年には、立川市薬・森谷孝さんが第三代支部長に就任しました。ここから、数年かけて、じっくりと様々な事業に取り組む「組織」としての活動が活発になります。
昭和51年、森谷支部長は、都内で2番目というスピードで、「都薬立川地区管理センター」を開設します。
当時の東京都では、「蒲田」が最先端。その蒲田に続く2番目の設立ということで、当時の執行部の先取の気質がうかがえます。
昭和57年からの第四代支部長は、昭島市薬・遅沢徹也さん。
5期10年。様々な活動を展開していきます。
この頃は、医薬分業の進展によって保険請求業務が急増し、複雑な業務へと対応するために、支部が最終的な書類記載事項のチェックと運搬を行って、会員の利便をはかるようになりました。この活動は電子レセプト提出が広まるに従って縮小されていきますが、20年以上、地域保険の適切な事務に貢献できたと考えています。
昭和58年からは「立川支部便り」を発刊し、会員への会務伝達と旬な話題の提供を始めました。
この時期の立川地区管理センターは、午前10時から午後2時までの営業でしたが、後に徐々に営業時間が長くなっていきます。
昭和64年には、「情報センター設置準備委員会」を開催し、DI活動本格化に向けた協議を開始しています。平成3年、蒲田支部が開発した「医薬品相互作用チェック/医薬品識別システム」を導入し、問い合わせした翌日にFAXで回答が届く仕組みを運用しています。まだまだインターネット通信の時代ではなかったのですね。
平成7年、第五代支部長に就任したのは、東大和市薬・野中明人さん。「お茶の水博士」と言ったほうが、わかる方も多いかもしれません。北多摩地区では若手会員が「社長」というと、だいたい野中さんを指します。最近では、クレデンシャルという薬剤師向け雑誌の編集にかかわっています。
平成8年に、立川の国立災害医療センターや立川共済病院の分業推進を受けて、当時の主流だった院内FAXカウンターを設置しています。また、立川地区管理センターを、現在の場所に移転したのも、この年です。
平成12年、世紀をまたぐ記念の年には、上村直樹さんが第六代支部長に就任しています。改革の申し子らしく、「支部規約の整備特に役員選挙規定の追加」「支部事務局専従事務員の配置」「支部会計の整備(税理士への委託)」「ホームページの開設」「6年制を想定した実務実習トライアル」「支部電子ネットワークの整備」「支部名の変更(立川支部→北多摩支部)」といった活動を、任期中、次々と行いました。
とくに平成15年に行われた「支部名の変更」は、長い間「立川市薬と立川支部の区別がつかない」と言われ続けてきたことを思うと、おもいきってやって正解だったと思います。
第四代支部長の遅沢さんが「勲五等瑞宝章」を受章されたのも、この頃です。
平成18年、第七代支部長に就任したのは、小川光一さん。若い支部長を補佐するための「相談役」制度を導入し、より多くの会員が参加できるようにと、委員会の数を増やしました。医療連携の委員会という発想は、地域医療に役立てたと思います。地道な部分は着実に進め、そのうえで、不要医薬品の回収廃棄事業を支部で展開したり、日薬の学術大会で1支部から5題の演題発表を行ったりと、意欲的に「支部ができること」を模索する時期だったと言えるかもしれません。
長くなりましたが、こうして、平成22年、第八代支部長の、私、椎木の出番となったわけです。私自身は、のんびりと構えております。会員の熱気を受けて、応援する役回りでしょうか。
最近、立川管理センターで行っていた会員への医薬品の小分けをやめて、かわりに会員相互に小分けできるような仕組みを導入しました。自分が会長のときに運よく実行できる人材がいて、システムが十分に熟していたことは、とてもラッキーでした。これまで小分け事業を支えてくださった薬剤師さん、事務さんには、感謝の言葉しかありません。
会員間交流は、大事なことだと考えていますので、年に何度も懇親会を開いています。懇親会にたくさんの会員が集まって下さるのも、これまでの支部長が築いてきた会員間の絆のおかげです。地区研修会の後の懇親会、納涼会に新年会と、少なくとも4回。気軽な会ということで、遠方からの参加もよくあります。
情報活動には、積極的に取り組んでいます。
支部会報「PIXS」では、通常の伝達事項以外にも、昭島太郎氏によるためになるトピックスや、ら~吉氏のラーメン食べ歩き、ちょっとしたごろ合わせ講座など、薬剤師活動にちょっとした潤いを取り入れています。
以上、途中、少し眠くなった部分もあったかもしれませんが、支部のこれまでの活動を振り返ってみました。
今回、ホームページがリニューアルするということで、これを機に、昔の薬コレクションの数々や、支部の研究、薬剤師のエンターテインメントなどに触れていただき、より薬剤師を身近に感じていただければと期待しています。
カラオケの18番は「・・・(内緒)」の男、椎木でした。
今後ともよろしくお願いいたします。
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